雨を聞く

仕事場がほかに見つからないものだから、自室にこもって作業している。けれど、この部屋とて完全に一人になれるというわけではない。femme de ménageという職業の人たちがいるからだ。

 

この語、直訳すれば「お掃除おばさん」にあたるもので、もちろん昨今では「おじさん」や、それどころか「お兄さん」もまれにいるのだが、やはり習慣的に女性が多く、ほかにこれといって定着した呼び方がないので便宜的にこう呼ばれている。掃除以外のこともしていたみたいだから、「家政婦」と訳したほうが適切なのかもしれない。このfemme de  ménageのみなさんの、お掃除なさる音が時折耳につくのだ。あるいは昨日書いたような生活音がとくに気になるときもある。

 

そうしたとき、僕は「雨を聞く」ことにしている。たとえばYOUTUBEで作業用BGMとか、環境音とか、そういうキーワードを引けば大体勝手がわかるはずだ。イヤホンからある程度の音量でこの「雨」を聞けば、あら不思議、目の前の作業に集中できるという寸法だ。

ただし勘違いもある。ある時、雨が降ってきたので仕方なく買い物もあきらめ、自室にこもって書き物をしていた。「雨」を聞きながら。だがいつの間にか、本当の雨がどうなったかということを忘れてしまっていた。近くのスーパーマーケットへ行くのも面倒くさいなぁ、とか、ジョギングはやめとこうか、と考えながら夜になった。ただし今の部屋には冷蔵庫がないものだから、一日だけでも外出できなければ、相当な食糧難に陥るのである。ジュースもない、肉もない、チーズもない。小規模な吉幾三の世界である。不便極まりない。

 

しかし、イヤホンを外してみれば、雨はとうに止んでいて青空が広がっている。時間はスーパーが閉まるまであと15分。フランスに、コンビニなんてものはない。部屋着に無精ひげのまま、階段を駆け下りてゆく。